プロフィール

 電話相談室「真心堂」の今野裕子です。
 電話相談を始めようと思ったきっかけともなる自分の人生について綴っていきたいと思います。少々長くなりますが、お付き合い宜しくお願い致します。
 家族構成は、父、母、私、妹の4人家族で、長女として生まれました。小・中学校は順風満帆で元気な子供時代を送っていたと思います。高校入学して、高校2年生頃から自分の容姿を気にするようになり、ダイエットを始め、それがきっかけで、摂食障害になりました。発症してからの7.8年間は、一日一日を生きることで精一杯だったように思います。
 発症したころ(1995年頃)は今ほど摂食障害が世間一般に知られていなかったので、情報がとても少なく、病院に行っても思うような対応をしてもらえず、症状はどんどん悪化し、お先真っ暗の状態でこの先どうなってしまうんだろう。この病気はいつまで続くのだろうといった、底知れぬ不安と孤独と焦りを抱えていたことを覚えています。
 本当に症状が酷いときは、病院を転々とし、入退院を繰り返し、うつを発症、自殺未遂、結婚と離婚。そして、摂食障害(拒食・過食・過食嘔吐・下剤乱用)だけにとどまらず、アルコール依存、向精神薬依存、恋愛依存、引きこもりをしていた時期もありました。あの頃は、「自分なんてどうなってもいい。」などと自暴自棄になっていたころだったと思います。それから、少しずつ良くはなっていったものの「親に甘えてはいけない。」という思い込みで、少しでも調子が良くなると、家を出て、住み込みで働いてみたり、一人暮らしをしてみたり、職場や住むところを転々として、調子が悪くなれば、辞めて実家に戻る。というような行ったり来たりの生活をしながら、なんとか生き延びていました。
 こんな生活をしながらも、30歳の時に今の主人と出会い、再婚することができ、3人の子供にも恵まれました。症状を抱えながらも3人の子供を必死に育てていく中で、36歳の時、気が付くと症状がなくなっていました。
 ちょうどその頃、一番下の子がまだ2歳になる前で、長女が小学校入学したころでした。長女は場面緘黙症だったこともあり、入学当初から一人で学校へ通って授業を受けることが難しい状態だったので、私も長女と一緒に、学校へ登校し、授業を受け、給食を食べて帰ってくる。という生活が一か月半ほど続きました。その頃はとても忙しかった事もあり、夜は子供を寝かしつけながら自分も疲れ果て、一緒に寝てしまう。気が付けばもう朝。というような生活を送っていたこともあり、いつ頃からか、自分に「よく頑張ってるね。」というような言葉をなげかける習慣が出来ていました。このようなことがあってからなのか、気が付いた時には、摂食障害だったことすら忘れているような自分がそこにいました。
 それ以来、日常のストレスが溜まっても過食行動をすることが一切なくなり、とても心が解放され、穏やかで安らかな気持ちをもてるようになりました。「安心するってこういうことをいうんだ。」と心の深いところで感じました。
 今思い返せば、私にとって、この20年間は本当に辛かったけど、見たくもない世界を見たり、さまざまな職業につき、さまざまな人間関係を見ていく中で、色々な事を思い、色々なことを感じてきました。
 病気をしたおかげで、人の苦しみや悲しみが、自分のことのようによく理解できるようになり、これまでの経験が、自分の世界観をもの凄く広げてくれたように思います。
「摂食障害という病気は私には必要だったんだ。これで良かったんだ。」と、ようやく自分を認めることができ、ようやく自分を受け入れられるようになり、あんなに嫌っていた摂食障害にも感謝できるようになりました。
 そして、育児もひと段落し、「今の自分ができること、したい事はなんだろう?」と考えてからは、心理学、ヒーリング、マクロビオティック食などを勉強し、ようやくここまで来ることができました。カウンセラーとしては経験の浅い自分ですが、お客様の心に寄り添い、真心込めて丁寧にお話しをお聴きし、回復への道のりを一緒に考えさせていただきたいと思っております。どうぞ宜しくお願い致します。

 <保有資格>    統合カウンセラースクール楽桜堂 統合マスター、指導資格
           メンタル心理カウンセラー資格
           不登校訪問支援カウンセラー資格